6/24/2015

ブランドの存在と価値の比例

毎日色んなことが起きたり、語られる、ファッションの世界。

クリエイビティとビジネスの狭間でどっかりと身を据えるように見えるファッション業界だが、語られるニュースは、明らかにビジネス寄り。うねうね婉曲し、時に時空も空間も超えるような動きを見せるファッション業界のあれやこれ。

その中で、いくつかのニュースを通して、私たちがブランドの価値を無意識の内に定めてしまっている現象があるのでは、と感じた。

例えばこのニュース

courtesy of Tom Ford and Style.com

"Net-a-Porter Will be the First Site to Sell This Major Designer's Clothes"

ラグジュアリーのマーケットにおいて、事実上世界最大のオンライン プラットフォームを持つNet-a-Porter が、この度初めてTom Fordのメンズ/レディスのアパレルをオンラインで販売することになった。Tom Fordは自身のオンラインの販売チャネルを持つが、現状 小物とビューティに限られているとのこと。

ラグジュアリー ブランドでまだアパレルのオンラインに踏み切っていないブランドは多くあるが、このTom Fordのように、オンラインへの進出はラグジュアリーでも避けられなくなってくる予感がする。

マス マーケットからはこちらの記事

courtesy of New York Times

"Gap's Fashion-Backward Moment"

Gapはこの度、アメリカでのマーケットの大きな縮小を発表した。つまりは、多くの店を閉店し、そして大きなレイオフを行う。これの完了により、Gapの店舗数は2000年のピーク時の40%まで減少することになる。New York Timesのこの記事の分析によると、この背景には、やはりZara、H&M そしてUniqloといったライバルの存在があるという。そしてこの一言。

「Gapは時代遅れ」

例えばZaraの強みは、(ランウェイを模した)最新のデザイン、グローバルに自社工場を持ち小ロットで早い回転の生産、それを手の届く価格で提案するというところ。

一方もっとベーシックなアイテムとなると、Uniqloの伸びは無視できない。ハイテク素材の使用による品質における信頼、Jil SanderやPharrell Williamsとのコラボレーションといった付加価値がある。

つまりはGapは市場における立ち位置を失ってしまっている。ビジネス的にも、アイテム的にも。

そしてこの現象はGapに留まらず多くのアメリカン マス ブランドに見られるという。Abercrombie & Fitch、 American Eagle そしてその少し上に位置するプレミアム ブランドであるJ.Crewも。

どの国のビジネスでも同じだが、こういった状況に陥るととられる戦略 - 「自分の国で飽きられたら、他の国に売りに行く」

ただ、ZaraもH&Mも、グローバルで成長を続けているブランド。Uniqloもグローバルでの利益が大きくなっている。そこに、「時代遅れ」のアメリカン ベーシックが入り込む余地はあるのか。

事実、ニューヨークにいて、Zara、H&M、そしてUniqloのエクスポージャーはハンパない。

ミッドタウンを歩けば、ブロックごとにこれらのお店を見かけるような状況。ラグジュアリー ブランドの隣にファスト ファッションが並ぶ現象も多く見られる。

関連するニュースとして、H&MはいくつかあるFifthe AvenueのH&Mの店舗であったテナントを、自社の姉妹ブランドであるCOSの店舗にするという説。

courtesy of COS

"The Largest COS Ever May Open on Fifth Avenue"
http://ny.racked.com/2015/6/23/8831817/cos-hm-fifth-avenue-nyc

これが実現すれば、COSブランド世界最大規模の店舗になるとのこと。

ちなみに、H&Mブランドの世界最大店舗がHerald Squareにオープンしたばかり。

ラグジュアリー ブランドがオンラインに踏み込み、マス ブランドはハイストリート巨大店舗のオープンが続く。それぞれのマーケットがオーバーラップし、チャネルの選択も多様化し、消費者に対する存在のアピール合戦が加速している感じ。

何が新しいのか、何が画期的なのか、もはやわからない。同じことをし続けるコンヴェンショナルなブランドに安心感は覚えるが、そういったブランドの中でロイヤリティを持って愛せるものを一体どのくらいの消費者が持っているのか。多くの消費者はラグジュアリーもマスも、日によって使い分け、故に、ブランドに対して固定の存在感を求めていない。というか、もはや求めることは不可能に近い。(そもそもこれは消費者の欲求に起因するのかという部分も議論になるが。)

こういったいくつかの事例を見ていて気づくのは、とにかく「存在を感じる場所」は多ければ多い程いいのか、といったところ。ビジネス重視であり、多くの人に見てもらい、存在を認知してもらうこと、その度合いが、結局そのブランドの価値になっている気がする。

左: アピール、右: それから反映する存在の大きさ = ブランドの価値

存在そのものがブランドの価値を大きく左右する。果たしてこれは、ファッションにおいて正しいのか。

ファッションは衣食住の一つでありつつも、自己表現やアートの一部でもある。身を覆う必要不可欠なものがアートであるという、なんとも特異な分野でありながら、その世界を大きくビジネスが占めており、そこで勝ち残らないと未来はない。

この現実は常にそこにあり、そしてあり続ける。

ブランドの存在と価値の比例というのは避けられないのかもしれない。しかしその存在の部分にクリエイティビティへの重きを置く観点を、理想主義的だとしても、忘却してしまうのは悲し過ぎる。


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